ことばパティオ

第49回 ヘルベチカが世界中で愛されている理由


大谷秀映(おおたにひであき)
フリーランスのデザイナー。Mac黎明期よりDTPデザインをはじめ、1998年からはWebデザインに関わる。CMSによるサイト構築や書籍制作を得意とする。著書に「和文フリーフォント集」「誰でもデザイン レイアウト・デザインのアイデア集」(翔泳社)、「ヘルベチカの本」(エムディエヌコーポレーション)など。海外の複数の専門誌にWeb作品収録。現在、Webフォントの実験の場である「フォントグラフィック」をWeb上で公開中。 フォントグラフィック: http://fontgraphic.jp/



   「ヘルベチカ(Helvetica)」という有名なアルファベットの書体があります。名前は聞いたことがなくても、誰もが毎日どこかで目にしているかもしれません(上の画像の文字がヘルベチカです)。世界的な有名企業から、多くのアパレル会社や自動車会社、日本でも大企業のロゴ等にその原型が見てとれるものがあります。

   ヘルベチカは、「かっこいい」「洗練された」「未来的」な印象を受ける書体です。元の名前は「ノイエ・ハース・グロテスク(Neue Haas Grotesk)」で、1957年にスイスの活字鋳造(※1)会社ハース(Haas)のエドアルド・ホフマン(Eduard Hoffmann)とマックス・ミーティンガー(Max Miedinger)のふたりが中心になって作られました。実に50年以上も前にデザインされた書体なのです。

   さらにその原型をたどると、19世紀頃の「グロテスク(Grotesk)」等と呼ばれる書体がベースになっており、それらの文字の骨組みを元に、デザインあるいはアレンジして作られました。そういう意味で、当初はノイエ・ハース・グロテスク=ハース社の新しい(=ノイエ)グロテスク体として発表されましたが、のちに、ラテン語でスイス連邦を表す「Confoederatio Helvetica」からとって「Helvetica」という名前になりました。

   ヘルベチカは、金属の活字が主流の1950~60年代に世界中に広まっていきました。なぜ、広まったのかという理由ですが、商業的に成功したことはもちろんですが、たとえば、日本のデザイン界では、「カラス口」と呼ばれる製図用のペンを使って、手描きでロゴを作成していた時代。そんなときに、突如出現したヘルベチカで文字を並べると、いとも簡単に、おしゃれで未来的なデザインが自在にできてしまうのです。当時のデザイナーさんたちはさぞ驚きだったことでしょう。私は1960年代生まれなので、子供のころ、お気に入りのカセットテープにタイトルを書きたいとき、身近にあったインスタントレタリングという転写シールを使っていました。その書体がヘルベチカでした。ほかにも書体の種類はあったかもしれませんが、無意識にヘルベチカを選んでいたような気がします。これを使って1文字ずつ転写していくと、プロ並みにかっこいい文字組みになってしまうのでした。子供ながらに自分で書いたへたくそな文字と比べて感心したものです。

   ところがそれらは、デザイナーや子供のころの私がデザインしたものではなく、「ヘルベチカ」がデザインしていたのです。正確にはヘルベチカの作者、あるいは19世紀の人がデザインしているのかもしれません。並べる人にとっては、誰がつくったかはまったく意識せず、選んだ理由は「かっこいいから」「綺麗にデザインできるから」にほかなりません。1980年代には、マッキントッシュというコンピューターに、初めからインストールされた状態で販売されました。今ほど書体の種類がない環境でしたが、知らず知らずヘルベチカで文字組みした覚えがあります。そのような、マッキントッシュを手にしたばかりのDTPデザイナーを中心に、急速に世界で広まっていったのでしょう。ヘルベチカは、かっこいいロゴを自動的にデザインしてくれる救世主とも言えるのです。

   「ヘルベチカ・ボールド(Helvetica Bold)」という書体を線画にして分析してみると、下の図のように、「タテ線+ヨコ線で構成されたグループ」「ナナメ線+タテヨコ直線で構成されたグループ」「ダ円+直線で構成されたグループ」など、各グループの中で構成要素がほぼ完全に揃っていることがわかります。もちろんカーニング(文字と文字の間隔)情報も緻密に設計されているので、冒頭の「Helvetica」の画像のように、ただ文字を並べただけでも、バランスよくかっこよく見えるわけです。

■ヘルベチカ・ボールドの大文字を構成によってグループ分けした図


・タテ線+ヨコ線で構成されたグループ:「E」「F」「H」「L」「I」「T」


・ナナメ線+タテヨコ直線で構成されたグループ:「A」「K」「M」「N」「V」「W」「X」「Y」「Z」


・ダ円+直線で構成されたグループ:「C」「G」「O」「Q」「S」


・ダ円+直線で構成されたグループ:「B」「D」「J」「P」「R」「U」



■ヘルベチカ・ボールドの小文字を構成によってグループ分けした図


・ダ円+直線で構成されたグループ:「c」「e」「h」「m」「n」「o」「r」


・ダ円+直線で構成されたグループ:「a」「b」「g」「o」「p」「q」


・ナナメ線+タテヨコ直線で構成されたグループ:「k」「v」「w」「x」「y」「z」


・直線で構成されたグループ:「f」「i」「j」「t」



   レタリングの時代のようにデザイナーが手描きでロゴを描きおこすことの少なくなった今、パソコンには数多くの書体が収録されています。そのなかで、「かっこいいか、かっこ悪いか」「読みやすいか、読みづらいか」といったシンプルな基準で、子どももプロのデザイナーも自然に選んでしまうようなバランスの優れた書体。それがヘルベチカの魅力なのかもしれません。

(2011年8月29日)


※1 鋳造…金属を溶かし,鋳型に注ぎ込んで,目的の形にすること。活字鋳造とは、印刷に用いる文字の型を金属で作ることをいう。


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