ことばパティオ

連載「世界ことば巡り」 第8回(全12回)


連載 「世界ことば巡り」 西江雅之 第8回 言葉通じて意味通ぜず


   文化が異なれば、作者が伝えようとした意味を、受け取る側がまったく異なる意味に解釈することが起こりうる。

   西アフリカのティブ族がシェイクスピアの「ハムレット」をどのように捉えるかについて、アメリカの人類学者が報告している例が面白い。この物語は、ハムレットの父である王が叔父に毒殺され、女王である母がその叔父と時を経ずして再婚してしまう。そのことに、ハムレットが不義と不正を見出して、思い悩み、悲劇に展開していくことになる。

   しかし、ティブ族の人たちは、物語の意味をそのようには受け取らない。その土地では、兄が死ぬと、弟が兄の妻と結婚することがある(「レヴィレート婚」と呼ばれる)。それは極めて道徳的な行いとされている。そのため、ティブ族の人々にとっては、ハムレットの母と、父王を殺した叔父との結婚は、不道徳であるどころか、社会道徳にかなった行いなのである。

   それに、叔父が父王を殺した理由も、ティブでは納得がいく話とされる。伝統的に一夫多妻であるティブ族では、女性の社会的役割や結婚観、人の死や亡霊に対する考えかたも、欧米社会とは大きく異なる。そのため、ハムレットの物語を聞いたティブ族の人々は、ハムレットの叔父と母の結婚は人びとが手本とすべきものであると考えるいっぽうで、ハムレットはすでに立派な大人であるのに、次々に軽はずみな考えを起こす愚かな若者だと受け取るのである。

   この地上、如何なる土地に生きる人々も、喜び、悲しみ、希望と絶望の間で思い悩む。しかし、何に関して喜ぶか、何に関して悲しむかといったことの根拠には、文化による違いが見られる。

   こうしたことを考えていくと、言語の翻訳は、二種の言語間の対応の正確さに留まらず、背後にさまざまな文化問題を抱えていることがわかる。

   だからこそ、母語を異にする人びとが、共通語でやり取りするといった多言語状況が進む現在、「言葉通じて意味通ぜず」といった事態が益々生じてきているように思われる。

(2009年8月24日)
ことば巡り
異文化交流は、微笑みから始まる。タンザニアにて。




西江 雅之(にしえ まさゆき) 1937年東京生まれ。専門は文化人類学・言語学。現在、アジア・アフリカ図書館館長。著書に『花のある遠景』(福武書店)、『伝説のアメリカン・ヒーロー』(岩波書店)、『「ことば」の課外授業―“ ハダシの学者”の言語学1週間』(洋泉社)、『異郷日記』(青土社)、 『アフリカのことば』(河出書房新社) など。


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