ことばパティオ

連載「世界ことば巡り」 第4回(全12回)


連載 「世界ことば巡り」 西江雅之 第4回 「公用語」の選択


   多言語国における「公用語の選択」は、大きな政治問題でもあるが、個人の生活上でも重要な問題であるとされる。

   アジア、アフリカや中南米などの国々では、欧米列強国による植民地からの独立と共に公用語として選択したのは、ほとんどの場合、植民地時代の旧宗主国の言語であった。

   しかし、何故、植民地支配から抜け出した国々が、植民地時代の旧宗主国の言語を公用語としてわざわざ選択したのだろうか、何故、その国内で最も広い地域で話されている言語を公用語にしないのだろうか。日本では、こうした発想を持つ人に出会うことが多い。

   しかし、もしそのような選択をしたならば、その結果、どのような事態が生じるだろうか。国内が、大きな混乱に巻き込まれるのは避けられない。

   自らの言語が「公用語」とされた大集団の人々は、教育も就職も自分の母語でできる。しかし、ほかの言語を話す集団の人々は、自らの母語とは異なるその言語を、一から学習しなければならない。その人びとが、政治的・経済的に圧倒的に不利な状況に置かれるのは明らかである。

   こうした事情のために、誰にとっても得でなく、誰にとっても損でもない、さらに、その言語が使用できれば国際的に有利であるという、植民地時代の旧宗主国の言語が選択される結果となったのである。

   読み書きは「公用語」で行われる。それは、地方の小言語では文字化が不可能なのではない。しかし、現実的には、個々の言語で読み書きができても、一歩、集団の外に出れば同じ国内とはいえ、その知識は何の役にも立たない。

   母国語であるとされる「公用語」が使いこなせるかどうか。これは、多言語国の人びとにとっては人生を左右する大きな問題ともなってしまう。この不条理。それが世界の現実でもあるのだ。

(2009年6月22日)
ことば巡り
タヒチ島では、町のなかに一歩足を踏み入れれば、周囲はすべてフランス語。
町に入ると会話をタヒチ語からフランス語に切り替える人が多くなる。




西江 雅之(にしえ まさゆき) 1937年東京生まれ。専門は文化人類学・言語学。現在、アジア・アフリカ図書館館長。著書に『花のある遠景』(福武書店)、『伝説のアメリカン・ヒーロー』(岩波書店)、『「ことば」の課外授業―“ ハダシの学者”の言語学1週間』(洋泉社)、『異郷日記』(青土社)、 『アフリカのことば』(河出書房新社) など。


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