ことばパティオ

連載「世界ことば巡り」 第5回(全12回)


連載 「世界ことば巡り」 西江雅之 第5回 バイリンガルの定義


   「あの人は日本語と英語のどちらも話せるバイリンガルだ」。そのような話が出ると、日本語を母語とする日本人であるが英語圏で育ち、幼い頃から英語と日本語を身につけ、それら二言語を自由に使い分けることができるといったような人物が、頭に浮かぶのではないだろうか。

   しかし、二言語使用(bilingualism)の話題は、非常にやっかいな問題を含んでいる。

   そのひとつは、バイリンガルの人が使い分けるとされる二言語とは、単なる「名称の違う二言語」なのか、あるいは「文法構造が非常に大きく異なった二言語」なのかがはっきりしないことにある。さらに、会話で互いに通じ合うことがないほど異なる方言でも、同じ言語内での使い分けであるとされてバイリンガルとは見なされない。

   また、そのバイリンガルの人が使い分ける二言語はどの程度流暢なのか、という問題もある。世界の移民社会や国際的な都市部での言語状況を研究する人々のなかには、「二種類の言語を日常生活言語として使用している」ということだけをバイリンガルの条件とする者もいる。「二言語使用者にとっての第二言語の流暢さや表現能力の程度は問わない」とするのである。この定義をとる場合、母語以外のふたつめの言語の使用能力がある程度低いものであっても、それはバイリンガルであるとされることになる。

   このような考えかたは、一見、あいまいに思えるかもしれないが、多言語社会に見られる複雑な言語状況を捉えるためには、必要な定義の仕方なのである。

(2009年7月22日)
ことば巡り
中国の人々。外国人から見ると顔も装いも似ているが、中国ではさまざまな言語が
使われているため、彼らがそれぞれの母語で話すと会話の成立は難しくなる。




西江 雅之(にしえ まさゆき) 1937年東京生まれ。専門は文化人類学・言語学。現在、アジア・アフリカ図書館館長。著書に『花のある遠景』(福武書店)、『伝説のアメリカン・ヒーロー』(岩波書店)、『「ことば」の課外授業―“ ハダシの学者”の言語学1週間』(洋泉社)、『異郷日記』(青土社)、 『アフリカのことば』(河出書房新社) など。


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