ことばパティオ

連載「日本のジェスチャー・世界のジェスチャー」 第20回


連載 「日本のジェスチャー・世界のジェスチャー」 東山 安子 最終回 連載を終えて


   今回の連載では、万国共通と思い込んでいると思わぬ誤解を引き起こすジェスチャーを、『ボディートーク 世界の身ぶり辞典』と『 日米ボディートーク 身ぶり・表情・しぐさの辞典』の2冊の書籍から紹介してきました。

   ジェスチャーは意識して使うこともありますが、無意識に使うことも多く、実際に自分がどのようなジェスチャーを使っているのか認識していないこともよくあります。また、同じ文化の中では、自分の使っているジェスチャーをみんなも使っていると思いがちですが、そうでないことも多々あります。

   つまり、ジェスチャーには文化差のほかにも、地域差、男女差、年齢差、状況差、そして個人差もあるのです。さらに、若者語があるように、ジェスチャーの使いかたも時代とともに変化しています。現代のようにニュース映像や映画がどこでも見られるようになると、メディアの影響でジェスチャーの使いかたが広がったり変化したりすることもあります。

   このような点を考え合わせると、この連載で述べたジェスチャーも、そうなんだと一概に鵜呑みにするのは危険で、つねに変化していく可能性の一断面、さまざまな多様性の中の一例として捉えていく必要があります。

   モリス(※第1回参照)はその著書『ジェスチュア』(1979)で、「ジェスチャーの百科事典をつくるためには特別の研究所を設立する必要があるが、まだそんなものは存在しない。言語学者は権威ある辞典を持っているが、ジェスチャーの研究者は研究のためのリファレンスさえ与えられていないのだ。」と述べました。それから30年が過ぎましたが、ジェスチャー研究はなかなか地道な作業を必要とするため、それほど進んでいないのが現状です。

   今回の連載では、誤解を引き起こすジェスチャーについて述べてきましたが、人間に共通した「言語を超えた共通語」という部分ももちろんあります。たとえば赤ちゃんは、言葉を話すまでは視線、顔の表情、手の動きなどで親や周囲の人とコミュニケーションをとりますが、この時期のコミュニケーションのとりかたは文化を超えた共通部分のほうが多いでしょう。

   また、こどもに英語を教える場合などは、文化によって異なるジェスチャーを教えるより、まず人間としての共通部分としてのジェスチャーに目を向けることで、世界の人々とコミュニケーションを取れるという気持ちを持つことも大切であると考えます。

   誤解の原因となる「違いの部分」を敏感に感じ取る感受性を育てるとともに、人間としての「共通部分」を活かして文化を超えたコミュニケーションの輪を広げることができれば、ジェスチャーの良い面を活かすことになるでしょう。

   また、そのようなことについてお話しできる機会があればと思います。

(2009年4月24日)





東山 安子(とうやま やすこ) 東京生まれ。日本女子大学大学院・コロンビア大学大学院・シカゴ大学大学院修了。明海大学外国語学部教授を経て、現在、同大学院、立教大学大学院にて教鞭を取る傍ら、異文化間非言語コミュニケーション領域の執筆活動に従事している。



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