ことばパティオ

新連載(全4回) 「辞書を知ろう」第1回


連載(全4回) 「辞書を知ろう」 町田 健 第1回 言語習得のポイントは辞書にあり。


   最近、日本の大学には、「日本語ができなくても学位の取得ができるよう、英語で行う授業をできるだけ多く開講してほしい」という要求が、政府や経済界から寄せられています。

   海外から多くの留学生を日本に招き、大学を国際化する。そのための方策としては、それなりの効果が期待できるのかもしれません。この方策の当否はともかくとして、ほぼあらゆる場合に日本語だけで用の足りる生活を送っている私たち日本人にとって、英語を習得することの重要性はこれまで以上に高まってきているようです。

   それでは、英語を上達させるにはどうしたらいいのかというのが、語学の苦手な日本人にとっては積年の問題であったわけです。中学や高校の英語教育では、伝統的に英文読解と英文法が重視されてきました。もちろん、こういった従来の方法では学習効果が劣るというわけではないと思います。文法、とくに、時制・法・冠詞・関係代名詞・比較といった、単語が文中でもつ働きのことを正確に知っていることが、文章を理解し、正しい英文をつくるうえで大切だということは間違いありません。

   けれども、実際に自分が英語を話すとき、結局のところ必要不可欠なのは、表現したい内容に応じて単語を適切に選択し、それらを英語の語順の決まりに従って並べるということなのです。

   どんな言語であっても、単語を並べて文をつくり、その文を相手に伝えることで、ようやく伝達という行為が達成されるのです。そのため、実際の会話では、単語の選択にもたついているわけにはいきません。状況にふさわしい単語を、ほとんど一瞬にして選択できる能力がなければ、円滑な会話などまったく期待できません。

   こうした、適切な単語の選択を行うためには、じゅうぶんな数の単語を記憶しておく必要があります。「じゅうぶんな数」がどの位かというのは、もちろん厳密に決定できるわけではないのですが、私たち日本人の、大人の日本語語彙力から判断すると、2万個ぐらいは必要なのではないかと思います。

   母語であれば、さまざまな場面で自然に単語を習得する機会はありますし、何より、学校での授業は母語で行われるのですから、基礎的な専門用語などもそれによって記憶することができます。しかし、外国語の場合はそういうわけにはいきません。ここで登場するのが、英和・和英などの辞書です。

   英語で書かれた本を読んでいると、知らない単語がたくさん出てくるのですが、前後の文脈だけでその単語がもつ正確な意味を理解することは、まず不可能です。知らない単語の意味は、いちいち辞書を引いて知る以外にはありません。単語の意味を辞書で検索して、メモをとるなり、単語帳に書き込むなりして、できるだけ覚えるようにすること、これ以外に外国語の単語を必要数、習得する方法はないのです。

   辞書こそが、言語を正しく習得する要となることを、あらゆる外国語学習者は肝に銘じておくべきだと思います。
(2008年11月17日)




町田 健(まちだ けん)
名古屋大学大学院文学研究科教授。専門は言語学、とくに意味論、類型論。著書に、『言語学が好きになる本』(研究社)、『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社)、『言語世界地図』(新潮社)など。

「辞書を知ろう」 これまでの記事
第1回 言語習得のポイントは辞書にあり。
第2回 「よい辞書」と「悪い辞書」を見極める方法
第3回 辞書の正しい使いかた
第4回 世界各国の辞書に親しむ