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連載(全4回) 「辞書を知ろう」第3回


連載(全4回) 「辞書を知ろう」 町田 健 第3回 辞書の正しい使いかた


   「よい辞書」を選んで使ったとしても、使いかたが適切でなければ、語彙力の上達は期待できません。

   そうは言っても、意味の分からない単語に出会ったとき、その単語を検索して意味を確かめるだけが辞書の役割のような気もしますから、「良い使いかた」と「悪い使いかた」の区別などとくにないような気もします。しかし、実際にはそうではないのです。

   それでは、どのように辞書を使えば「良い使いかたをした」と言えるのでしょうか。辞書を使う過程としては、

単語を選ぶ
単語を調べる
調べた単語の性質を理解し記憶する

という3つの段階があります。

   ①の「単語を選ぶ」段階というのは、読書や会話の最中に、意味や用法を知らない単語に遭遇したとき、その単語を辞書で調べる対象として選ぶべきかどうか、という場合です。

   この段階で注意すべきことは、日本語の場合と外国語の場合で違います。日本語ならば、意味や用法を知らない単語に出会うことはそれほど頻繁ではないように思われますが、実際は、漢字表記も含めて、「正確に」意味や用法を知らない日本語の単語は意外と多いものです。ですから、少しでも表記・意味・用法に自信のない単語があったら、即座に国語辞典で確かめるとよいでしょう。これを怠ると、語彙力はいつまでも改善されないことになります。

   外国語の場合、入門の段階では辞書に記されている情報は詳しすぎて、学習者の理解力を超えています。入門書に解説があるものですからわざわざ辞書を引く必要はありません。外国語で辞書をもっとも活用すべきなのは、中級レベルに到達したときで、この段階では、知らない単語に出会ったら、すべて辞書を引いて確かめます。その外国語に関する言語的な特性はある程度身につけていますから、引いた単語については、「ほかにどんな意味があるのか」「どんな単語と一緒に使われるか」などの、単語の意味と用法全体について記載されていることを眺めておくことが望ましいと言えます。こうすれば、別の文脈で同じ単語に出会ったとき、どんな意味なのかを推測することが容易になります。

   上級レベルになっても、知らない単語はいくらでもあります。ただ、この段階では、一冊の本を読み通したり、会話を長時間継続したりすることができますから、その途中でいちいち辞書を引くのは、読書や会話の流れを阻害するので好ましくありません。知らない単語を一応は覚えておいて、「あとで必ず辞書を引いて確かめる」という習慣をつけることのほうが必要です。

   次に、②の「単語を調べる」について解説しましょう。

   日本語の単語を調べる場合、用例や関連する慣用句も含めて、その単語に関する記載事項すべてに目を通すぐらいの気構えをもってほしいものです。普通の国語辞典ならば、用例には古典からの引用も多いのですが、優れた日本語の使い手になるには古典文学(そして漢文)の素養はどうしても必要ですから、せっかく載せてくれている用例は、単語の性質を総体的に知る手がかりとして活用したいものです。

   外国語の単語を調べる場合、中級レベルであれば上で述べた日本語と同じように、その単語に関する記載事項にはすべて目を通すことが望ましいと言えます。単語の意味や用法を正確に理解するには、その場しのぎで特定の意味を知るだけでは不十分です。意味には広がりがあり、用法もその意味と密接に関連しているのですから、調べた単語がもつ意味の全体像を確認しておくことは、単語の正確な特性を知るうえでは大切なことです。

   このことは、辞書を引く回数が少なくなるだろう上級レベルでも同様です。ただし、読書や会話の途中で、必要に迫られて辞書を引く場合には、必要な情報だけを確かめるだけに止めておきます。そうでないと、読書や会話という本来の目的を有効に達成することができません。あとになって、引いた単語を覚えている場合に、もう一度詳しく辞書で確かめればいいのです。

   続いて、③の「調べた単語の性質を理解し記憶する」に関してですが、辞書で引いた単語の意味や用法を、すべて正確に記憶することはできません。ですから、同じ単語を辞書で何度も引くという作業は、日本語であれ外国語であれ、単語についての情報を記憶に定着させるためにはどうしても必要なものです。

   ただし、「単語帳」をつくって、辞書に記載されている内容を自分の手で書き写しておき、それを繰り返し暗記するという努力をすれば、辞書を引く回数を減らすことはできます。

   この作業は、とくに外国語の中級レベルでは必ず必要だと思います。日本語ならば、一度辞書で調べた単語に再び遭遇する可能性はかなりありますが、外国語の場合は、よほど大量の文章や会話に接しない限り、一度調べた単語に再び遭遇する機会はそれほど頻繁には起こりません。それだけに、単語帳を作ってそれを繰り返し暗記するという努力が必要になるわけです。

   対象となる言語と習得レベルに応じて辞書を適切に利用すること、これが語彙力の上達には不可欠の条件なのです。
(2009年2月17日)




町田 健(まちだ けん)
名古屋大学大学院文学研究科教授。専門は言語学、とくに意味論、類型論。著書に、『言語学が好きになる本』(研究社)、『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社)、『言語世界地図』(新潮社)など。

「辞書を知ろう」 これまでの記事
第1回 言語習得のポイントは辞書にあり。
第2回 「よい辞書」と「悪い辞書」を見極める方法
第3回 辞書の正しい使いかた
第4回 世界各国の辞書に親しむ