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連載(全4回) 「辞書を知ろう」第2回


連載(全4回) 「辞書を知ろう」 町田 健 第2回 「よい辞書」と「悪い辞書」を見極める方法


   ある言語を学習したり、習得した言語をさらに上達させるために必要不可欠なのは辞書です。

   ただ、辞書であれば何でもいいというわけでは決してありません。辞書には、「よい辞書」と「悪い辞書」があります。国語辞典と外国語の辞典では、辞書の性質が違うので、それぞれについて見ていきましょう。

   国語辞典で大切なのは、まずは何と言っても単語の意味を定義する「表現」です。ある言語の単語の意味を、同じ言語で完全に説明するのは、本質的に不可能なのですが、それでもできるだけ正確に意味の定義がなされている必要があります。意味の定義が不正確な辞書が悪い辞書であることは言うまでもないことです。

   意味の範囲が広い単語の場合は、複数の意味項目が並列されるのが普通です。この意味項目の配列が、過去の文献に登場した順番になっている辞書がよくあります。この順番だと、古典で使われていた意味が最初に置かれることになってしまいます。けれども、私たちが実際に国語辞典を使うのは大抵の場合、現代語の意味を調べるのが目的なのですから、現代語でもっとも一般的なものがはじめに置かれていることが望ましいと思います。古典での意味を知りたければ、古語辞典を引けばいいのです。

   次に大切なのは、わかりやすい例文があるということです。先ほど述べたように、単語の意味を完全に説明することは不可能なので、説明しきれない部分は例文を参考にするしかありません。この例文の適切さが、辞書の価値を高めます。

   例文も、単に「○○の××。」や「○○が××する。」のような短い表現ではなく、きちんとした文の形で提示されているほうが、調べた単語がどのような語句と結びついて使われるのかがもっとよく理解できます。単語によっては、俗語的な表現だったり、文語的な表現だったり、使用される文体に制約があったり、特別の社会集団によってのみ使われる傾向が高いものなど、意味を知っているだけでは適切な使いかたができない場合もあります。ですから、そのような情報が盛り込まれていることは、単語の全体像を与える手段としてのすぐれた辞書には必要なことといえます。

   外国語の辞書については、意味を日本語で定義しますから、当然、できるだけ同じ意味を表す日本語の単語によって解説されることが求められます。

   意味の範囲が広い単語については、対応する日本語が多数になるのが普通です。この場合、自分が探している意味がその中のどれにあたるのかがすぐにはわからないこともあります。そのようなときに、その単語がもつ意味のなかで、もっとも基本的な意味を最初に説明しているのであれば、だいたいの意味は推測できます。使用頻度の高い基本語について、このような配慮がなされていれば、その基本的な意味を手がかりにして、文脈に応じた意味を自分で推測することが可能になります。

   外国語の辞書でもうひとつ重要なのは、その外国語を使った正しい表現をつくるために必要な情報がきちんと記載されているかどうかです。

   動詞であれば、主語や目的語となる名詞の性質にどのような制約があるのか、どのような前置詞をとるのか、どのような副詞と結びつくのか、などの情報が必要です。名詞であれば、その名詞を使った複合語はできるだけたくさん項目として取り上げてあることが望ましいと言えます。実際に使われている複合語としてどのようなものがあるのかは、普通はなかなかわからないものです。たとえば、英語の「government(政府)」をもとにした複合語としては、「government help(政府援助)」、「government policy(政府の方針)」、「government grant(政府の補助金)」など、よく使われるものがたくさんあります。こういう使用頻度の高そうな複合語は、英和辞典には項目としてあげておきたいところです。

   以上にあげたような条件をすべて辞書に含めることは、非常に困難です。それでも、単語の意味を知ることは、言語を理解し、使用するうえで必須の条件なのですから、これらの条件をできるだけ多く満たした辞書を選択することが大切だと思います。
(2008年12月15日)




町田 健(まちだ けん)
名古屋大学大学院文学研究科教授。専門は言語学、とくに意味論、類型論。著書に、『言語学が好きになる本』(研究社)、『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社)、『言語世界地図』(新潮社)など。


「辞書を知ろう」 これまでの記事
第1回 言語習得のポイントは辞書にあり。
第2回 「よい辞書」と「悪い辞書」を見極める方法
第3回 辞書の正しい使いかた
第4回 世界各国の辞書に親しむ