ことばパティオ

連載「世界ことば巡り」 第1回(全12回)


連載 「世界ことば巡り」 西江雅之 第1回 テーマにつきまとう曖昧さ


   言語の話をする場合、いつも、テーマの明確性を示すことの難しさがつきまとう。

   「人間は言語を話す」という場合の「言語」は、人類全体にとってのものである。ところが、「日本語のような言語では」という話になると、それは地球で話されている数千の言語の1例でしかなくなる。

   身近にふたつの言語を操る人がいる、という話になると、そのふたつの言語とは単なる「名称の違い」なのかそれとも「単語や文法構造にの違いが非常に大きい言語」なのかが、明らかにされていることは少ない。

   ただ、ふたつの異なった言語を平均して理解し、話せるという「バイリンガル」の人の話題の場合、その人物が韓国語と朝鮮語という異なった言語のバイリンガルなのだと言っても、普通は、「それは駄目だ。単語も文法も同じではないですか」と相手にされることはないだろう。

   それならば、「あいつはめしを食ってきた」、「あのかたはご飯をめしあがっていらっしゃいました」などという形で各種の社会方言を使い分けられる人物はバイリンガルなのかと言っても、それは認められない。また、東京弁と琉球方言の1例を自在に使い分けられても、一般的には、その人物がバイリンガルだという人はいない。

   このようなことを考えると、当然のように受け止められている「~語」の実際の姿は、実に複雑であることがわかる。たとえば、英語とは何なのかと改めて尋ねられても、正確に答えることは難しい。英語のなかにも互いに通じないほどの方言が沢山ある。それらを綿密に探っていけば、いつのまにか別の名称を持つ言語になってしまう。

   このように、言語研究の対象である「~語」の姿は非常に曖昧なものであるが、言語研究の方法自体はきわめて厳密なものである。

(2009年5月19日)
ことば巡り
パプアニューギニアのマヌス島で出会った子どもたち。
パプアニューギニアの公用語は英語ですが、みんな上手にトク・ピシン(Tok Pisin)という共通語を話します。




西江 雅之(にしえ まさゆき) 1937年東京生まれ。専門は文化人類学・言語学。現在、アジア・アフリカ図書館館長。著書に『花のある遠景』(福武書店)、『伝説のアメリカン・ヒーロー』(岩波書店)、『「ことば」の課外授業―“ ハダシの学者”の言語学1週間』(洋泉社)、『異郷日記』(青土社)、 『アフリカのことば』(河出書房新社) など。


「世界ことば巡り」のバックナンバーはこちら