ことばパティオ

連載「世界ことば巡り」 第6回(全12回)


連載 「世界ことば巡り」 西江雅之 第6回 バイリンガル社会での会話


   世界の国々を見渡してみると、一般の人びとが、文法的にも語彙の面でも非常に異なる二種類以上の言語を、日常的に使い分けて生活していることが分かる。

   アジア諸国、アフリカ、中南米カリブ海域、インド洋諸島、オセアニア諸島などの国々では、バイリンガル(二言語使用者)は日常生活の中で当たり前のことである。ただし、人びとは二言語を平均した流暢さ、同程度の表現能力で話しているわけではない。

   不均衡な使用能力に支えられた例までを含む「バイリンガル」に関する話題は、まず、個人に関するものである。しかし、世界をみてみると、同じ社会に住むすべての人々が、共通の種類の複数言語を話すバイリンガルである場合が少なくない。

   理屈だけで考えれば、そうした土地では、一連の会話はどちらか一方の言語だけで行うほうが合理的だと思うだろう。しかし、現実はそうではない。バイリンガル社会の会話では、話題の種類ごとに言語を変える「ダイグロッシア(diglossia)」が見られるのが普通である。

   たとえば、その土地が現地語と英語の使用地域だとすると、家庭での親子の会話では、「宿題は終わったの?」と、母親は子どもに英語で尋ねる。子どもの返事も英語である。だが、その話題が先生の悪口になると、途端に子供の会話は現地語となる。それについての母親の言葉も現地語である。

   このように、数分間の会話のなかで、言語は話題ごとに目まぐるしく入れ替わる。通常、その話題の内容には、歴史的な事情により形成された社会的評価の上下があり、それに従って、いかなる課題をいかなる言語で話すかが選ばれている。

(2009年7月27日)
ことば巡り
バイリンガル社会の人びとは
二種類の言語を話題によって使い分けて会話する。




西江 雅之(にしえ まさゆき) 1937年東京生まれ。専門は文化人類学・言語学。現在、アジア・アフリカ図書館館長。著書に『花のある遠景』(福武書店)、『伝説のアメリカン・ヒーロー』(岩波書店)、『「ことば」の課外授業―“ ハダシの学者”の言語学1週間』(洋泉社)、『異郷日記』(青土社)、 『アフリカのことば』(河出書房新社) など。


「世界ことば巡り」のバックナンバーはこちら